大判例

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仙台地方裁判所 昭和31年(わ)101号 判決

被告人

斉藤実 外七名

主文

被告人遠藤、同石垣を各懲役八月に

被告人宍戸、同千葉を各懲役六月に

被告人斎藤、同佐藤、同高橋、同吉田を各懲役四月に

それぞれ処する。

ただしこの裁判確定の日から二年間右各被告人に対する刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人長沢小二郎、同野々山一三、同鈴木清に支給した分は被告人八名の連帯負担とし、その余の被告人斎藤ほか一名に対する公務執行妨害被告事件の各証人に支給した分は被告人斎藤、同石垣の連帯負担とし、被告人遠藤ほか六名に対する威力業務妨害被告事件の各証人に支給した分は被告人遠藤、同石垣、同宍戸、同千藤、同佐藤、同高橋、同吉田の連帯負担とする

理由

(罪となるべき事実)

被告人等はいずれも国鉄職員であつて、被告人斎藤は昭和二十九年九月から同三十二年八月まで国鉄労働組合仙台地方本部副執行委員長をしていたもの、被告人石垣は昭和二十九年から同三十一年八月まで同労組仙台支部執行委員長を、同三十一年十月から同三十四年九月までは右仙台地方本部執行委員をそれぞれ勤めていたもの、被告人遠藤は昭和三十一年九月から同三十三年春まで右仙台地方本部書記長をしていたもの、被告人宍戸は同三十年十一月から右仙台地方本部執行委員をしていたもの、被告人千葉は同三十一年十月から同労組郡山工場支部機関車職場分会執行委員をしていたもの、被告人佐藤は同二十九年八月ごろから同三十三年九月まで前記仙台支部執行委員をしていたもの、被告人高橋は同三十一年十月から同仙台支部岩切分会執行委員長をしているもの、被告人吉田は同三十一年八月から同仙台支部車掌区分会執行委員をしていたものであるが、

国鉄労組は昭和二十四年六月に公共企業体等労働関係法が施行された以後においては同法所定の調停、仲裁制度を大いに活用することをその運動方針としていたが、同年末以後国鉄職員の賃金に関し数次に亘り下された仲裁委員会の裁定につき、政府ならびに国鉄当局は予算上又は資金上支出不可能として右裁定内容を完全に実施せず、時には裁定により必要とされた支出総額の三分の一程度しか支出しなかつたため、同労組としては仲裁裁定の完全実施を主たる目標として闘争を続け、昭和二十七年ごろからはいわゆる遵法闘争、職場集会などをその闘争の手段としていた。しかして

第一  昭和三十年十月上旬国鉄労組は国鉄当局に対し賃金水準の引上を要求したところ、当局から右要求には応じられない旨の回答を受けたので、これを不満とし、右要求実現のほか年末手当の獲得等を目標として秋季年末闘争を実施することにし、その第一波闘争として同年十一月二十四日から二十六日まで同労組の各地方本部毎に数個所の駅を選定しそれらの駅で職場集会を行うこと等を内容とする同労組中央闘争委員会の闘争指令が十一月中旬各地方本部宛に発せられた。右指令に基き同労組仙台地方本部は六箇所の闘争実施駅を指定し、同月二十五日の闘争実施駅としては東北本線瀬峯駅(宮城県栗原郡瀬峯町所在)および須賀川駅が選ばれ、一方右仙台地方本部管内における闘争の指導等に当る者として当時同労組中央闘争委員であつた浦正武が同労組中央本部から派遣され同月二十日ごろ仙台に到着し、かくして同月二十五日の早朝右浦のほか右仙台地方本部から当日の闘争責任者として赴いた被告人斎藤ら、数名の同地方本部執行委員、職場集会参加の説得等に当る者として動員された約三十名の国鉄労組員、動員者の一人として参加した被告人石垣らが順次右瀬峯駅に集合し、同日午前九時四十分ごろから同駅本屋内休憩室に同駅勤務の組合員を集めて職場集会が開かれ、右集会には同日同駅構内北部の転轍器操作を担当していた同駅予備構内手小丸文雄も参加したのであるが、

一  同日午前九時三十五分ごろ同駅助役池田貞一が同駅本屋の北方約四百四十米の地点付近にある北部転轍手詰所に電話をし、前記小丸に対し、間もなく到着する下り二一一旅客列車(定時では同駅午前九時五十二分三十秒到着、同五十三分三十秒発車)を発車させるために北部五十一号イの転轍器を転換するよう命じたが、同人から転換出来ない旨の返事を受けたので、自ら右転轍器の操作に当ることにし、右二一一列車の到着(当日は午前九時五十六分三十秒到着)後直ちに同駅本屋から北部に向つたところ、そのころ前記職場集会の会場から下りホームに出て来た被告人石垣は右池田の後を追いかけ、下りホームの北端付近において追いすがるや「行くな」と声をかけ、同人が職務の執行中であることを認識しながらその左腕に自己の右腕を組み入れ、同所から同駅下り本線出発信号機付近に到るまで約百三十米の間右状態を続け右池田の自由な歩行を制約して暴行を加え、以て同人の公務の執行を妨害し、

二、同日午前十時三十分ごろ前記北部転轍手詰所付近において同駅助役鈴木政雄が上り八五四貨物列車(定時では午前十時五十分三十秒同駅通過)の到着を控え北部五十一号イの転轍器を転換しようとしたが、同所付近に居た二十名ほどの動員組合員から妨害を受け右転換をなし得ないまま同駅本屋に戻つたところ、前日右足の脛を切開手術したため当日も休暇を取つていた同駅駅長佐藤安太郎が杖をついて出勤しており、右鈴木助役の報告を受けるや右佐藤駅長において自ら右転轍器操作に当ろうと決意し、同日午前十時四十五分ごろ駅本屋から北部方面に向い、同駅構内北部五十三号転轍器付近に到つた際、前記北部転轍手詰所付近に居た被告人斎藤および前記浦の両名において右駅長の許にかけ寄り、咄嗟の間右駅長の身体をいたわることに名をかりて同人の職務執行を妨害しようとの意思を共通にしたうえ、被告人斎藤において右駅長の左腕に自己の右腕を組み入れ、右浦において右駅長の右腕に自己の左腕を組み入れ、両名交々駅長に対し「身体にさわるから休んだら良いでしよう」などと申し向けながら前記五十三号転轍器付近から同駅北部五十二号イ転轍器付近に到るまで約四十米の間右の状態を続け右佐藤駅長の自由な歩行を制約し、さらに右五十二号イ転轍器付近において浦が駅長の右腕を固く抱え込んで立止まり被告人斎藤も同時に立止つて約一分間駅長の前進を阻止し、右駅長が杖を投げ捨てあくまで前進しようとしたので浦において抱え込んでいた腕を一旦放したが、間もなく放した腕を再び抱え込み、駅長と腕を組み続けていた被告人斎藤と共に同所から北部五十一号イ転轍器付近に到るまで約四十米の間その状態を続け、右駅長の自由な歩行を制約し、やがて右五十一号イ転轍器付近に到るや浦において同所付近に居た動員組合員に対し「駅長を小屋に休ませろ」と言いながら右駅長を前記転轍手詰所に連れ込もうとし、これに応じて右動員組合員の中に居た被告人石垣も駅長の職務執行を妨害すべく右浦および被告人斎藤と犯意を共通にし、被告人斎藤に代つて駅長の左腕を抱え込み浦と共に駅長を右詰所内に引き入れようとし約二分間同人の自由な行動を制約し、以上の暴行により右佐藤駅長の公務の執行を妨害し、

第二  前記第一冒頭掲記の賃金引上要求について、翌三十一年二月末に調停委員会から調停案が提示され、翌三月に国鉄労組および国鉄当局の双方ともこれを受諾したものの、右調停案の内容である賃金引上の具体的時期、金額等について組合と当局との意見が対立し、交渉がまとまらないまま同年十月に至り、組合は右要求貫徹のため同月末各地方本部に闘争指令を発し、右指令に基き翌十一月中において遵法闘争および職場集会を内容とする第一波ないし第四波の秋季年末闘争が実施されたが、同月下旬国鉄当局は政府の見解をも考慮して右三十年十月以来の賃金交渉を一時打切るという態度に出たため、国鉄労組としては右当局の態度を極めて不当とし右交渉継続のほか三十一年十一月以降の賃金水準引上、同年度の年末手当獲得等を目標として第五波の秋季年末闘争を行うことにし、同年十二月六、七日の二日間遵法闘争と職場集会を行うこと等を内容とする中央闘争委員会の闘争指令が十一月末各地方本部宛に発せられ、仙台地方本部の管内における右闘争実施駅として東北本線の岩沼駅から石越駅までの間の全駅が指定された。

右指令に基き右仙台地方本部は右第五波闘争の具体的実施策について協議をし、各執行委員の担当地区、動員する組合員の数のほか他駅から助勤として来る非組合員の就労は拒否すること等をとり決め、右協議には被告人遠藤、同石垣、同宍戸も参加して居り、被告人遠藤は右地方本部管内における闘争の全般的責任者に指名され、かくして十二月六日各駅において職場集会が実施されたが、東北本線新松島駅(宮城県宮城郡松島町所在)の組合員はほとんど参加せず、他駅の組合員から批判が出たため、被告人遠藤は責任者としての立場から翌七日には新松島駅において職場集会を是非実現させようと企て、右六日の夜仙台地方本部において、翌七日の早朝同被告人のほか被告人石垣、同宍戸の両地方本部執行委員および約四十名の動員組合員が新松島駅に赴き職場集会を実施させることなどをとり決めた。翌七日午前四時三十分ごろ被告人遠藤、同石垣、同宍戸のほか被告人千葉、同高橋、同佐藤らを含む三十数名の動員組合員がバスに乗つて仙台市内の地方本部前から出発し、同日午前五時三十分ごろ新松島駅に到着したが、その間車内において全体の指揮は被告人遠藤がとること、全員を三分しその一は北部転轍器方面に赴き被告人石垣がその指揮をとること、他の一は南部転轍器方面に赴き被告人宍戸がその指揮をとること、残る一は被告人遠藤の指揮のもとに駅本屋に赴くことなどを被告人遠藤から全員に指示し、新松島駅到着と同時に全員がそれぞれ担当箇所に向い、同日午前六時ごろから同駅本屋内休憩室に同駅勤務の組合員を集めて職場集会が開かれ、右集会には当日午前八時三十分まで同駅構内北部の転轍器操作を担当することになつていた同駅転轍手の千葉静男および同日午前八時三十分以後右転轍器操作を担当することになつていた同駅転轍手の大葉信勝も参加していたのであるが、

一、前記のように被告人石垣は被告人千葉を含む約十二、三名の動員組合員と共に同日午前五時三十分ごろ同駅構内北部転轍手詰所付近に赴いたところ、同詰所には前記千葉転轍手のほか当日闘争のため転轍手が職務を行い得ない場合これに代つて北部の転轍器操作をなすべく助勤者として同駅に赴いて居た当時仙石線陸前浜田駅助役の守家寛が居合わせて居り、右守家が他駅から助勤に来たものであることを知つた被告人石垣はかねての打合わせどおり右守家の転轍器操作を組合員の力で阻止しようと決意し、前記千葉転轍手が職場集会に出席すべく右詰所を出て本屋に向つたのち同日午前六時十分ごろ右詰所付近の状況を見にやつて来た被告人遠藤においても右守家が助勤者であることを知りかねての闘争計画どおり同人の就労を阻止しようと決意し、その旨同所付近に居た被告人千葉を含む十二、三名の組合員に指示し、ここに被告人遠藤、同石垣、同千葉ほか十二、三名の動員組合員は右守家の転轍器操作を妨害すべく犯意を共通にしたうえ、

(イ) 同日午前六時二十五分ごろ同所において、右守家助役が下り七三五気動車(定時では同駅午前六時二十八分三十秒到着、停車時間一分、当日は同駅午前六時三十五分三十秒到着)の発車を前にし、右詰所付近の北部五十一号イ転轍器を転換するため、同詰所を出ようとするや、被告人石垣、同千葉ほか約十名の動員組合員において右詰所入口に立ちふさがり、互に腕を組み合い足を踏んばるなどして右守家の出所を阻止し右転轍器操作を不能にし、

(ロ) 同日午前七時二十分ごろ同所において、右守家助役が下り一九五貨物列車(定時では同駅午前六時三十九分発車、当日は午前七時三十分ごろ発車した)の発車を前にし、右北部五十一号イ転轍器等を転換するため、同詰所を出ようとするや、被告人石垣、同千葉ほか約十名の動員組合員において右詰所入口に立ちふさがり、前同様に腕を組み合うなどして右守家の出所を阻止し右転轍器操作を不能にし、

(ハ) 同日午前七時四十分ごろ同所において、右守家が上り一二六旅客列車(定時では午前七時四十八分同駅発)の到着を控え、右五十一号イ転轍器を転換するため、同詰所を出ようとするや、被告人石垣、同千葉ほか約十名の組合員において前同様の方法で守家の出所を阻止し右転轍器操作を不能にし、

(ニ) 同日午前八時二十分ごろ同所において、右守家が下り二四一旅客列車(定時では午前八時十九分同駅到着)の発車を前にし、右五十一号イ転轍器を転換するため同詰所を出ようとするや、被告人石垣、同千葉ほか約十名の組合員において前同様右詰所入口に立ちふさがり、互に腕を組み合い詰所の前面および南北両側面をとり囲むなどして右守家の出所を阻止し右転轍器操作を不能にし、

二、右のように守家助役が組合員のため業務の妨害を受けていたことから、同日午前九時ごろ仙台鉄道公安室の公安官が約十名右北部転轍手詰所付近に赴き、場合によつては右組合員の業務妨害行為を実力で排除しようとの態勢をとつたので、被告人遠藤は同駅本屋内に居た被告人佐藤、同高橋らの動員組合員および南部転轍器方面に赴いて居た被告人宍戸、同吉田(同人は当日午前八時三十分ごろ新松島駅に到着し、被告人宍戸らの居る南部方面に赴いていた。)らの動員組合員を全部北部転轍手詰所付近に集合させ、被告人遠藤自身も同所に赴き、右被告人佐藤、同高橋、同宍戸、同吉田らにおいても右詰所内に居る守家が助勤者であり、被告人石垣、同千葉らの組合員が右守家の就労を阻止すべく右詰所をとり囲んでいることを認識しながら右石垣、千葉らと協力して引続き守家の就労を阻止しようと決意し、ここに被告人遠藤、同石垣、同千葉、同宍戸、同佐藤、同高橋、同吉田の七名および当日動員された組合員約三十名は右守家の業務を妨害すべく犯意を共通にしたうえ、

(イ) 同日午前九時二十分ころ同所において、右守家助役が下り四五小荷物列車(定時では同駅午前九時二十三分通過)の通過を前にし、右五十一号イ転轍器を転換するため同詰所を出ようとするや、被告人遠藤、同宍戸らの指揮により被告人石垣、同千葉、同佐藤、同高橋、同吉田ほか約三十名の動員組合員において右詰所入口に立ちふさがり、互に腕を組み合つて右詰所の前面および南北両側面をとり囲むなどして右守家の出所を阻止し右転轍器操作を不能にし、

(ロ) 同日午前九時三十五分ごろ同所において、右守家が上り九一七二貨物列車の到着を控え、右五十一号イ転轍器を転換するため同詰所を出ようとするや、被告人遠藤、同宍戸らの指揮により被告人石垣、同千葉、同佐藤、同高橋、同吉田ほか約三十名の動員組合員において右詰所入口に立ちふさがり、前同様腕を組み合つて右詰所の前面および南北両側面をとり囲むなどして右守家の出所を阻止し、同日午前九時五十分ごろまでの間同人の右転轍器操作を不能にし、

よつてそれぞれ威力を用いて国鉄の正常な列車運行の業務を妨害し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人等の主張について)

一  判示第一の一(被告人石垣が池田助役の公務執行を妨害した点)について

(イ)  被告人石垣およびその弁護人は、同被告人の瀬峯駅助役池田貞一に対する本件所為は「暴行」に該当しない旨主張するが、各証拠によれば右池田が下り二一一列車を発車させるため北部五十一号イ転轍器に向つた当時、右列車は定時より四分ほど遅れて既に瀬峯駅ホームに到着して居り、同駅での停車時間は本来僅か一分であつて、しかも本屋から右転轍器までの距離は四百米余もあるので同人としては大至急右転轍器に赴き一刻も早くその転換をしなければならない状勢にあつたこと、しかして同人は下りホームの北端からかけ足をして右転轍器に赴くつもりで居たが、右ホームの北端付近で被告人石垣に腕を組まれたため、強いてそれを振りほどき同人と争つたりしてはかえつて転轍器転換が遅れることになろうと考え、かけ足はせずそのまま通常の歩行を続け、しばらく歩いてからかけ足をしやがて石垣に「もう良いではないか」と言つたら同人が漸く腕を解いたこと、腕を組まれたまま歩行した距離は約六十五米、かけ足をした距離は約六十三米に及び、その間池田としては歩行ないしかけ足をすることは出来たが、出来るだけ早く転轍器に到着したいという気持から被告人石垣の行為に抵抗を感じたこと、被告人石垣の右行為により結局池田の右転轍器操作が若干遅れ、下り二一一列車の遅延時間も多少増加したこと等の諸事実が認められ、これらを綜合すれば被告人石垣の本件池田助役に対する所為は有形力を行使して同助役の自由な歩行を制約したものにほかならず、結局「暴行」に該当するものといわなければならない。

(ロ)  被告人石垣および弁護人は右被告人石垣の所為がかりに有形力の行使であるとしても、右は池田助役に対し闘争への協力を求めた説得行為であつて労働組合の団体行動として正当な行為であると主張する。しかしながら裁判所の証人池田貞一に対する証人尋問調書によれば、同人は被告人石垣から最初に「行くな」と言われただけで、それ以外の話は何も受けていないことが認められ、この点に関する被告人石垣の検察官に対する供述調書中の記載は措信できない。

従つて同被告人の右所為は到底説得行為とは認められず、団体行動として正当な行為と認める余地はない。

その他各証拠を綜合しても右被告人石垣の所為につき違法性を阻却し、或はその責任を阻却する事由を見出すことは出来ず被告人らの主張は採用できない。

(ハ)  被告人側は本件審理の過程において池田助役に転轍器操作の資格ないし権限がないとの主張をしているとみられるのでその点の判断を示すと、前掲証拠の3・13(但し池田貞一のみ)、17(但し菅原貞志のみ)、18ないし20を綜合すれば、鉄道の運転に関係ある職務に従事するためにはそれぞれの職種についての考査を経て居なければならず、右池田は助役としての考査には合格しているが、転轍手としての考査はうけて居ないことが認められるが、同時に右各証拠によれば国鉄部内における右各種考査の手続規定上、緊急やむを得ない事由の生じたとき一時的に運転関係の業務を担当する者についてはその担当業務についての考査を受けて居なくとも差支えないとされていること(国鉄総裁達の「鉄道の運転に関係ある従事員の考査手続」の第五条(1)ヌ(イ)但書および同条(2)リ但書、仙台鉄道管理局長達「鉄道の運転に関係ある従事員の考査細則」第二条(3))が認められ、各証拠によれば本件池田助役の転轍器操作は正に緊急やむを得ない事由が生じたため一時的になされたものであると認められるので結局同人の本件転轍器操作は適法なものといわなければならない。

(ニ)  弁護人は、駅長、助役などの国鉄職員の職務は私鉄の業務と実質的に何ら異るところがなく、殊に転轍器操作の如きは公権力の行使とは全く無関係であり、本件池田助役の職務については公務執行妨害罪の成立する余地がないと主張する。しかし日本国有鉄道法第三十四条第一項により国鉄職員は法令により公務に従事する者とみなされ、従つて刑法第七条により右国鉄職員の業務が同第九十五条第一項の公務員の職務の執行に該当することは明らかである。公務員の職務内容にも種々のものがあり、本来の公務員についてもその職務内容が私企業の職員と類似する例は少くないと考えられ(公立学校の教師、官庁の自動車運転手など)、これらを一々吟味して公務執行妨害罪の客体たり得るか否かを区別することは甚だ困難であり、この点からも右弁護人の主張は採用することができない。

二、判示第一の二(被告人石垣、同斎藤が佐藤駅長の公務執行を妨害したとの点)について

(イ)  被告人石垣、同斎藤および弁護人は、同被告人らの瀬峯駅駅長佐藤安太郎に対する所為は、同人の歩行が不自由であつたからそれを保護するためになしたもので「暴行」ではない旨主張するが、右石垣、斎藤の各検察官に対する供述調書によつても、同駅長から再三「大丈夫だから放つて置いてくれ」と言われたのにも拘らずその意に反して同駅長の腕を抱え込むなどし、結局同人の転轍器操作を不能にしたことが明らかであり、また前掲証拠の15、16によれば、佐藤駅長が北部転轍器に赴く直前に鈴木助役が同転轍器を転換すべく北部に赴いた際、被告人斎藤、同石垣らから妨害をうけたことが認められ、以上によれば被告人石垣、同斎藤らの佐藤駅長に対する所為は同駅長の身体保護に名をかりその職務執行を妨害するためになしたものであると認められ、正に有形力を行使して同駅長の自由な歩行を制約したものにほかならず、結局「暴行」に該当するものといわなければならない。

(ロ)  次に弁護人は右佐藤駅長に対する所為が同駅長の意に反した有形力の行使であるとしても、同人の歩行を助けるためになしたものであるから社会通念上適法な行為であると主張し、或は一種の説得行為として違法性がないと主張するが、前(イ)において判断したとおり被告人らの所為は駅長の職務妨害を主眼としてなされたものと認められ、単に駅長の身体を保護する目的でなされたものとは認められないからこれを適法な行為と見ることはできない。その他各証拠を総合しても右佐藤駅長に対する被告人らの所為につき違法性を阻却し、或はその責任を阻却する事由を見出すことは出来ず、弁護人の主張は採用できない。

(ハ)  次に被告人斎藤は佐藤駅長に転轍器操作の資格がないと主張するのでその点の判断を示すと、同駅長が転轍手としての考査を受けて居ないことは明らかである(同人に対する裁判所の証人尋問調書)が既に池田助役に関し判断したとおり、緊急やむを得ない事由が生じた場合一時的に担当する場合はその担当職務の考査をうけて居なくともよいとされているのみならず、前掲証拠の19、20によれば、日本国有鉄道職員服務規程第三十六条、第三十七条により駅長は当該駅職員に事故等があつて職務を行い得ない場合には自らその職務を行うことができるとされていることが認められ、この点からしても本件佐藤駅長の転轍器操作は適法なものといわなければならない。

(ニ)  弁護人は佐藤駅長の職務についても公務執行妨害罪の成立する余地がないと主張するが、その理由のないことは既に池田助役に関し判断したとおりである。

三、判示第二(新松島事件関係)について

(イ)  被告人ならびに弁護人は、本件において守家助役が進んで転轍器操作をしようとした形跡がほとんどなく、むしろ同人は転轍器操作に自信がなかつたから自発的にそれをやらなかつたものであり、従つて被告人らが同人の業務を妨害した事実はないと主張する。しかしながら本件各証拠、特に前掲証拠の26、28、39、47等によれば、罪となるべき事実の第二として判示したとおりの各時刻において、守家が転轍器操作をなすべく詰所から出ようとしたものの被告人らの組合員に妨げられて出所できなかつた事実を優に認定することができる。守家助役が実際に転轍器を操作する能力をも有していたことは、当日の午前九時五十分ごろ組合員がスクラムを解いた直後において、上り九一七二列車を通過させるため守家が現実に北部五十一号イ転轍器を転換していること(守家の検察官に対する昭和三十二年一月九日付供述調書、第七回公判調書中証人風間司郎、同吉田岩松の各供述記載)によつても明らかである。被告人らの主張は採用できない。

(ロ)  弁護人は、被告人らの本件守家助役に対する所為は労働組合の団体行動として正当な範囲に止まるものであり違法性を欠く旨主張するが、各証拠によれば守家に対する本件所為は説待行為を伴わない純然たる実力による就労阻止であつて、到底団体行動としての正当な行為とは認めることができない。その他各証拠を綜合しても右守家に対する被告人らの所為につき違法性を阻却し、或はその責任を阻却する事由を見出すことはできない。

(ハ)  被告人千葉は、守家助役は正規の助勤手続を経て居ないとの主張をしているとみられるのでその点判断すると、前掲証拠の26(ただし阿部、守家のみ)、27(ただし大村のみ)、29によれば当時守家の勤務していた陸前浜田駅は松島海岸駅長の管理下にあつたこと、昭和三十一年十二月六日夜松島海岸駅長大村進から新松島駅長阿部国治に対し、闘争が行われて手不足の場合は浜田駅助役の守家(当時新松島駅の近くに住んで居た)を使つてよいから、その際は自分からの命令として守家に伝えるようにとの電話連絡があつたこと、右連絡に基き翌十二月七日未明に至り右阿部から新松島駅助役若生久を通じて右守家に対し助勤の要請をし、これに応じて守家が同日早朝新松島駅に出勤し、阿部駅長から北部方面の転轍作業をするように命じられたこと等の諸事実が認められ、これらによれば結局守家に対しその上長である大村駅長から助勤命令が下されたものということができる。そして前掲証拠の31(ただし市川のみ)、35(ただし市原のみ)、38(ただし熊谷のみ)によれば、助勤命令は緊急の場合は口頭又は電話でもこれをなし得ること、駅員について助勤命令を下し得るのは当該駅の駅長であること、助勤者はその助勤に赴いた駅の駅長の指揮下に入ること等の諸点が認められ、結局以上を綜合すれば本件守家助役に対する助勤命令は適法になされたものであることが明らかである。

(ニ)  次に被告人千葉は守家助役に転轍器操作の資格がないとの主張をもなしているとみられるのでその点の判断も加えると、前掲証拠の26(ただし守家のみ)および44によれば右守家は本件当時助役としての考査には合格していたが転轍手の考査はうけていないことが認められるけれども、前掲証拠の35、38、42ないし44によれば既に瀬峯駅助役の池田について述べたとおり、緊急やむを得ない事由の生じたとき一時的に運転関係の業務を担当するものについてはその担当業務についての考査を受けていなくとも差支えないとされていること(国鉄総裁達および仙台鉄道管理局長達の条文については右池田助役の場合と同じ)が認められ、各証拠によれば本件は正に緊急やむを得ない事由の生じた場合に該当すると考えられるので守家の本件転轍器操作は考査の面からも適法であるとみられるばかりでなく、前項(ハ)において示したとおり守家は新松島駅に助勤に赴いたことにより同駅駅長の指揮下に入つたものであるが、前掲証拠の35(ただし市原のみ)、42によれば駅長はその指揮下にある駅員が事故その他の理由により職務を行い得ずしかも緊急やむを得ない場合には同じくその指揮下にある他の職員をして右職務を行わせることができ、その際その代行する職員が当該職務の取扱資格を有していなくとも差支えないとされていること(日本国有鉄道職員服務規程第三十六条、第三十七条)が認められ、本件阿部駅長が守家に北部転轍器の操作を命じたのも正に緊急やむを得ない事由が生じたためと見ることができ、この点からも守家の転轍器操作は適法なものといわなければならない。

(ホ)  弁護人は国鉄職員の職務が公務であると解するならば、判例上業務妨害罪の業務には公務員の職務は含まれないとされているから、本件について威力業務妨害罪の成立する余地はないと主張する。国鉄職員の業務が公務員の職務執行に該当することは既に判断を示したとおり(一の(二))であつて、「業務妨害罪にいわゆる業務の中には公務員の職務は含まれないものと解するのを相当とするから、公務員の公務の執行に対し、かりに暴行又は脅迫に達しない程度の威力を用いたからと言つて業務妨害罪が成立すると解することはできない。」との最高裁判所判例(昭和二十六年七月十八日大法廷判決)があることは弁護人主張のとおりであるけれども、右判例は警察官等に対する労働者等のある程度の実力行使の所為が業務妨害罪を構成しない旨判示したものであつて、これを以て直ちに国鉄職員の業務についても同様に解すべきものとすることはできない。即ち警察官は個人の生命、身体および財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧および捜査、被疑者の逮捕等公共の安全と秩序の維持に当ることをその責務としているのであつて(警察法第二条)、その職務遂行に当り相手方からある程度の実力行使を受けることは常に予想されるところであり、暴行脅迫に至らない程度の実力行使によつては職務の執行が現実に阻害される恐れは少いといわなければならないから、公務執行妨害罪の規定により保護されるのは格別、威力業務妨害罪の規定によりこれを保護する必要はないと考えられる。前記最高裁の判例は右趣旨に解されるのであるが、これを国鉄職員の職務についてみれば、暴行脅迫に達しない程度の威力行使によつてもその職務執行が阻害される恐れは少くないといわなければならず、また国鉄職員の業務は本質的に一の企業活動なのであるから業務妨害罪の対象からこれを除外すべき合理的根拠は見出し難い。現に最高裁昭和二十九年十二月二十三日第一小法廷判決、同昭和三十年三月三日第一小法廷決定、同昭和三十年十月二十六日大法廷判決等はいずれも国鉄の業務が業務妨害罪の業務に当ることを認めて居り、結局国鉄職員の業務は右職員による公務の執行であると共に公法人たる国鉄の業務であり、右職員に対し公務執行妨害罪が成立する場合は法条競合によつて業務妨害罪の規定はその適用を排除されるけれども、暴行脅迫の程度に達しない威力を用いて右業務を妨害するにおいては威力業務妨害罪だけが成立するものというべきである。弁護人の前記主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人斎藤の判示第一の二の所為は包括して刑法第九十五条第一項、第六十条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で同被告人を懲役四月に処し、同法第二十五条第一項第一号を適用してこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。被告人石垣の判示各所為中第一の一および二の点はそれぞれ刑法第九十五条第一項に(第一の二については同法第六十条をも適用する)、第二の一および二の点は包括して同法第二百三十四条、第二百三十三条、第六十条、罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項第一号に各該当するので、右各罪の所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条、第十条、により犯情の重い威力業務妨害罪の刑について法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役八月に処し、同法第二十五条第一項第一号を適用してこの裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。次に被告人遠藤、同千葉の判示第二の一および二の各所為ならびに被告人宍戸、同佐藤、同高橋、同吉田の判示第二の二の各所為はそれぞれ包括して刑法第二百三十四条、第二百三十三条、第六十条、罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項第一号に該当するので所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で被告人遠藤を懲役八月に、被告人千葉、同宍戸を各懲役六月に、被告人佐藤、同高橋、同吉田をいずれも懲役四月にそれぞれ処し、刑法第二十五条第一項第一号を適用してこの裁判が確定した日から二年間右被告人六名に対する刑の執行を猶予する。

なお訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条を適用して主文掲記のとおり各被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 太田実 千葉裕)

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